みんな元気になぁ〜〜れ!

みなさんは勇気をどんな時に出しますか。

 

私は勇気というと、結構たいそうに考えていたのですが、日々の生活の中で自然に勇気を出していることに気がつきました。

 

『怒る』って、すごく勢いがありますよね。その勢いと同時にまぁまぁの割合の人が何らかの形で行動にして怒りをぶつけてると思います。

例えば、怒る原因になった人に直接言ったり、本人に結果わかるように他人に伝えたり、ツイートしたりなどなど…方法はいろいろ。

 

でも逆に『嬉しい』感情って、どれくらい外に出しているでしょうか…

 

私はできるだけ伝えるように努力しています。

素敵な店員さんに出会うと、直接本人にも言いますし、上司を呼んでもらい具体的に何に感動したのかまで伝えるようにしています。

上の人がいない場合や本人と直接話せない時は、お店のアンケートハガキに書いたりもします。(もちろん、接客がよかった人の名前も書いて)

 

この行動って、いい事しかないんですが、以外と勇気がいるんです。(だから努力と↑で書いたんです)

なぜなら、良い事を良い!っていうのって…ちょいと照れ臭いんですよね…笑 (しかもお互いに)

 

また、誰かのお陰で嬉しい気持ちになった時って、とっても居心地がよいのでふわぁわぁ〜っと時間が流れるため、勢いがないんです…感情に。

そんな時でも相手に伝えることを思い出し、行動に移す!

このタイミングで頑張って勇気を出すわけです。たとえ照れ臭くても!

 

すると以外にも

「そんなこと初めて言われました」などと言われちゃうんです。その人が素敵って思ったのは私だけじゃないはずなのに。

つまり、いかに誰も伝えていないかがわかりますよね。

 

でも、これって絶対伝える方がいいと思うんです。

 

たとえお互いにちょっぴり照れ臭い空気になったとしても、みんなの明日の元気に繋がる気がするんです。

 

いろんな勇気の出し方があるけれど、この照れ臭い空気を味わう勇気の出し方もアリですよ。

 

みんな元気になぁ〜〜れ!

寝る前せんりゅう

進まない

やろうとしても

進まない

 

目がまわる

やろうとしたら

目がまわる

 

ツラくても

進む努力を

続けてる

 

きっとある

見つけられると

信じてる

 

枕元

犬がいるから

寝なければ

 

朝ごはん

明日になって

考えよう

 

ドライヤー

ちゃんとしたから

寒くない

 

携帯の

明かりが今は

目にしみる

 

罪悪感

川柳書くと

ラクになる

 

この辺で

終わりにするか

また明日

 

 

 

プラスに働くエネルギー

とてもイイことがありました。

(良いをイイと書くと右上りでもっとイイ感じ)

 

私は基本的に、人•食べもの•イベントなどなど…いろんなものに期待せず"楽しみ"にするよう心がけています。

 

その代わり、自分自身にはものすごく期待するようにしています。

期待に応えるのも自分、諦めるのも自分、ハードルを上げるのも自分なので、わかりやすいからです。ときにはプレッシャーにもなってくれますし。

 

まぁそうは言いながらも、知らず知らずのうちに期待してたんだなと気づくこともあります。ほとんどがショックを受けてから気づきますが…

 

そんな中、今回は期待以上のことがありました。

(こうなったらイイなと思ってたことが、本当にそうなるどころか想像以上!)

 

こんなこともあるんですね。

 

そしてこの体験を通して、わかったことがあります。

 

人に対しての期待は

"楽しみにする"より

"応援する"ということ。

 

この気持ちの切り替えは、かなり効果的です。

 

人のことを心の底から応援していると、その気持ちは伝わるんですね。(それによって相手が変化するとかはおいといて)

 

どうやら、損得感情が全くない心からの応援はすっごくプラスのエネルギーに働いてくれるみたいです。

 

たくさんの人々が身近な人を心から応援できたら世の中のハッピーが増えるのではないかと思いました。

 

 

 

 

 

応援歌

ここにはチクワ  寿司シャリが  いるから

 

いつも…安心してね

 

私はここにいる

 

あなたが遠くにいても大丈夫

 

チクワと寿司シャリ元気だよ

 

まかせて  大丈夫だよ

 

チクワと寿司シャリ お餅がいるから

 

心配ないですよ

 

ほら考えてみてよ

 

すべて食べもーのー

 

お腹が減っては戦はできぬ

 

いつもそばにいるよ

 

あなたの味方は白くて茶色の食べものなんだから

 

睡眠大切

 

無理は禁物

 

私はここにいる

 

私たちはここにいる

 

ずっとここで待っている

 

またね

 

おかえりなさい

 

 

 

6年前に作詞した曲が出てきました。

『気餅』

矛盾だらけの世の中に
希望ばかりの毎日さ
キレイな言葉に隠れてる
汚れてキタナイほんとの気持っち
ヤキモチ尻もちお餅つき
ツキがあるのはお餅だけー

食べて!食べて!しっかり食べて!
ためて!ためて!お腹にためて!
そんな時にはお餅が最高ー
腹持ち最高ー

ムーリしないでねー
ショーカも忘れずにー

食べて!食べて!しっかり食べて!
進め!進め!その分進め!
とことん前にぃーにぃーにぃーいちぃー
ゼロ。

 

お腹と私。

お腹が減ると、今までは機嫌が悪くなっていましたが、最近変わってきました。

 

あまりにお腹の音が面白いので、返事してみることにしたからです。

そうすると、体と自分が会話できちゃうのです。

 

お腹「グゥー」

私「どうする?」

お腹「グググゥ〜〜」
私「夕飯まであと2時間半ぐらいやけど…」

 

10分ぐらい経過

 

お腹「グゥ〜」
私「食べる?軽く?がっつり?」

お腹「グルグルコロコロコロ〜」

私「でも今食べたら夜お腹空くで…」

お腹「ピロピピィ〜」
私「あと1時間後にがっつり食べるわ!」

 

2分後

 

お腹「クゥッ」
私「確かに…長いなぁ。もう食べよか?」

お腹「グルックゥ〜」
私「でも買いに行くんめんどいなぁ…かといって作るんも無理。手震えてきそうやし…お腹空きすぎたなぁ…」

 

……

 

 

私「出前とるわ!」

 

 

体話(たいわ)終了。

 

 

そう!

私のお腹はお利口なんです。

食べることが確定したら文句なし!

黙って我慢してくれます。

 

賢く育ったね。ありがとう。

 

 

 

おやとも

何となくわかったことがあります。

 

私たちは「夢を叶え続けている」ということです。

つまり現在進行形。

過去でも未来でもなく、たった今も叶え続けているということです。

何だか生きることと似ている気がします。

 

THE BLUE HEARTSの『夢』の歌詞の中でも

♪〜俺には夢がある 毎晩育ててる

と出てくるように、夢とは種を蒔いて毎日水をあげ、実になったら収穫して、食べて、また育てるみたいなサイクルのような気がするのです。

 

その育て方が大成功すると、「叶った」とわかりますが、家見た目も形も味も最高で売りに出せるくらいのことってなかなかないじゃないですか。

でも十分他のものに劣らないくらい味は美味しいってありえると思うんです。

 

それが「幸せ」という気がするのです。

 

ちょっとしたイイこともぜーんぶ「叶った」と考えると、毎日夢を叶え続けることができます。

 

最近では「夢はなんですか。」と聞くと、「ありません。」という答えも聞きますが、それは実はないのではなく、気づいてないんじゃないかと。

 

だって私たちって、意識しながら呼吸してないじゃないですか。それとちょっと似てて「夢」ってあたりまえのように横にそっといるような。

 

日々ある色んなエピソードに、自分の気持ち(喜怒哀楽)に「夢」がいるという気持ちをプラスすると、ハッピーが増えるんです。

 

なぜなら「夢」って、こっちの都合に合わせてくれっぱなしなんです。

ときには理由なってくれ、言い訳にもなってくれる。元気の源にもなってくれるし、慰めてもくれる。

 

『親友』と書いて『おやとも』と読んでみましょうか。「夢」は親であり友なんです。

 「夢」はあるなしではなく、いるのです。

 

昨日はそんなことがわかった気がした日でした。