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お誕生日おめでとう!

あんまりにも恥ずかしいことをしてしまった時、後悔と反省を通り越して、自分をやめたくなった時ってありますか。

 

何回思い出しても恥ずかしすぎる大失態。

 

そしてまたまた自分でも知らなかった自分と向き合うしかなくなるんです。

 

なんで今更って気もするけど、今やからこそ向き合わないといけないんですよね…きっと。

 

「若さは馬鹿さ」とか「若気の至り」とかっていうけれど、その言葉の意味をきちんと理解できちゃうとそんな言葉で済まされないし、もう若くないんだということに気がつきます。

 

もし時間を戻すことができても、また同じことをしてしまうと思うんです。

だって時間を戻しても過去の自分は過去のままだから、まだ気づいてないじゃないですか。

 

失敗って、めっちゃくっちゃ嫌だけど…

そして恥ずかしすぎるけど…

 

だからこそ、失敗してしまった今の自分と嫌でも向き合わないといけないんだなぁと。

 

人生長いんだから失敗は繰り返しちゃいますよ、人間なんだから。

 

でもね。

失敗にも種類があると思うんです。

 

過去になると笑える失敗。

すごく自分を成長させる失敗。

課題が見つかる失敗。

2度としてはいけない失敗。

などなど。

 

そして2度としてはいけない失敗をした時の自分との向き合い方で、今後に繋がる何かが大きく変わる気がします。

 

自分のことって自分しか変えれないっていうけれど、変えるというより、いろんな経験によって変わらざるおえなくなって変化していくのかなぁって思います。

 

自分で自分が信じられないくらいの失敗をしてしまった時こそ、自分と向き合う。

(本気で向き合うと吐きそうになりますが…)

 

ちなみに私の精神年齢は14歳。

(自分のこと大人と思っておきながら、知らないことが多すぎるから…)

そんな私は今回の失敗を通して、確実に精神年齢が誕生日を迎えました。

 

ついに15歳が始まります!

 

14歳長かったなぁ〜〜。

 

精神年齢15歳では、2度としてはいけない失敗をしないためにも学習します。

 

しっかりと学ばなければ!

 

お誕生日おめでとう。

15歳スタートするよ♪

履•き•ま•せ•ん!

母親と娘の電車で聞いた会話。

(ちなみに娘さんは30代後半から40代ぐらいかな…?)

 

母「この前着とった服あるやん」

娘「え?どんなん?」

母「あの〜、ワンピースいうかキュロットいうか…」
娘「えっ⁉︎」

母「ちょいと短めのやつ」
娘「私は短いのは履きません」

母「でも履いてたやん」
娘「私は短いのは履•き•ま•せ•ん!」

母「あのキュロットかワンピースやん!」
娘「私はキュロットもワンピースも履•き•ま•せ•ん!!」

母「ていうか、色を聞きたいだけやねん」
娘「私は100億円もらっても短いのは履•き•ま•せ•ん!!!」

母「ふーん…もういいわ」

 

 

会話のテンポもプロみたいでした。

 

チャンチャン!

思ってたよりいいもんだ。

別れの挨拶を交わさないお別れを初めてしました。

 

思ってたよりいいものでした。

なんかまた再会できそうな気がしました。

 

「また会おうね!」っていう別れ方も次があるという感じがするから素敵だけど、たまたまタイミングが合わなくてお別れするのも悪くないなぁと…

 

お別れ(終わり)ってわざわざ決めなくていいなって。

 

お別れも終わりも区切りがあってスッキリしてて、さびしさとスタート感が混ざってる感じで、それはそれでいいんだけど…曖昧な感じもいいものだなぁと。

 

何でもハッキリしてなくていいかもしれません。

 

もちろん、ハッキリさせないといけないこともあるけれど。

 

もうすぐ春です。

 

お別れと始まりの季節。

 

どっちにしてもポカポカしてるよ。

 

大満足のフルコース!

なんて素晴らしいんでしょう。

サイゼリヤさん、ありがとうございます。

 

前菜→シェフサラダ(¥299)

メイン→ほうれん草のクリームスパゲッティ(¥499)

デザート→ハーフティラミス(¥199)

 

合計 ¥997 !!!!

 

こんなにもしっかり頂いて…千円でおつりのお土産まであるなんて。

 

もう感謝と感動で、嬉しくて嬉しくて。

 

大満足です。

 

お腹も心も大喜びです!

 

わぁーい☆

台詞をかえて…

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『おいしいもの』

1.「ありがとうぅぅ〜〜」

2.「もっといるか?」

3.「これも美味しいぞ!」

4.「私はあと5つお願い」

 

『手品』

1.「そんなことはありえない」
2.「ホントなんだ。しっかり見とけよ!」
3.「フゥッ」
4.「こんにちは!」

 

『知らぬ間に…』

1.「まさかぁ〜〜」
2.「そのまさかだ!」
3.「その証拠に…」
4.「ここは宇宙よ」

 

 『声援』

1.「頑張れーっ‼︎」
2.「君ならできるさ!」
3.「エールを送るぜ!」
4.「ありがと」

 

  『声援2』
1.「あなたは凄いのよっ〜〜‼︎」
2.「僕にもできるかな。」
3.「やってみる。」
4.「やるじゃんっ」

みんな元気になぁ〜〜れ!

みなさんは勇気をどんな時に出しますか。

 

私は勇気というと、結構たいそうに考えていたのですが、日々の生活の中で自然に勇気を出していることに気がつきました。

 

『怒る』って、すごく勢いがありますよね。その勢いと同時にまぁまぁの割合の人が何らかの形で行動にして怒りをぶつけてると思います。

例えば、怒る原因になった人に直接言ったり、本人に結果わかるように他人に伝えたり、ツイートしたりなどなど…方法はいろいろ。

 

でも逆に『嬉しい』感情って、どれくらい外に出しているでしょうか…

 

私はできるだけ伝えるように努力しています。

素敵な店員さんに出会うと、直接本人にも言いますし、上司を呼んでもらい具体的に何に感動したのかまで伝えるようにしています。

上の人がいない場合や本人と直接話せない時は、お店のアンケートハガキに書いたりもします。(もちろん、接客がよかった人の名前も書いて)

 

この行動って、いい事しかないんですが、以外と勇気がいるんです。(だから努力と↑で書いたんです)

なぜなら、良い事を良い!っていうのって…ちょいと照れ臭いんですよね…笑 (しかもお互いに)

 

また、誰かのお陰で嬉しい気持ちになった時って、とっても居心地がよいのでふわぁわぁ〜っと時間が流れるため、勢いがないんです…感情に。

そんな時でも相手に伝えることを思い出し、行動に移す!

このタイミングで頑張って勇気を出すわけです。たとえ照れ臭くても!

 

すると以外にも

「そんなこと初めて言われました」などと言われちゃうんです。その人が素敵って思ったのは私だけじゃないはずなのに。

つまり、いかに誰も伝えていないかがわかりますよね。

 

でも、これって絶対伝える方がいいと思うんです。

 

たとえお互いにちょっぴり照れ臭い空気になったとしても、みんなの明日の元気に繋がる気がするんです。

 

いろんな勇気の出し方があるけれど、この照れ臭い空気を味わう勇気の出し方もアリですよ。

 

みんな元気になぁ〜〜れ!

寝る前せんりゅう

進まない

やろうとしても

進まない

 

目がまわる

やろうとしたら

目がまわる

 

ツラくても

進む努力を

続けてる

 

きっとある

見つけられると

信じてる

 

枕元

犬がいるから

寝なければ

 

朝ごはん

明日になって

考えよう

 

ドライヤー

ちゃんとしたから

寒くない

 

携帯の

明かりが今は

目にしみる

 

罪悪感

川柳書くと

ラクになる

 

この辺で

終わりにするか

また明日