涙のワケ…

最近…ドラマを見ててもすぐ涙が出る。

 

"あぁ…感動のシーンやからか…"

なんて勝手に理由をつけてた。

 

なのに周りは一滴も涙なんて流していない。

 

なぜ……?

 

それでもこの疑問は、なんやかんやで気にならなかった。

だって、勝手に流れてしまう涙なんだから。

 

じゃあ…流そうと思って流れるのかな。

 

そんな疑問が脳裏に浮かんだ。

(その疑問のやらしさに嫌気もさしたが)

 

なので車の中で練習してみる。

 

おぉ!流れはしないが目は潤む。

 

それなのに…この結果も腑に落ちない。

 

そして今

理由がわかった。

 

そんな答えはニュースの野球中継。

涙がボロボロぼろぼろ…

ファンでもなんでもないが、まさかの逆転勝ち。

 

"ま•さ•か"

に弱いらしい。

 

涙の答えは"まさか"な結果にあった。

 

私の感受性よ!

 

豊かでありがとう。

ザ•クロマニヨンズ 『B&K』

便利と危険は隣り合わせ。

 

簡単すぎるレシピに、簡単すぎるネイルアート。

 

知りたい人どれくらいいるのかな?

 

動画で細かく説明してくれてるけど…

すっごく親切なんだけど…

 

なんか違う気がするんだなぁ。

 

考えたらわかるはずなのに、あえて考えなくてもいい脳みそを勝手に作られているような。

 

人の可能性をナメないでください。

 

まだまだ人に期待することに力使ってください。

 

自分にはいくらでも期待しても良いとプレッシャーをかけ続けた結果、人にも期待したいと望む自分が生まれた。

 

そんな期待って何なんだろう?

 

私は相手の行動する力に期待しているんだと思う。

 

行動するって全然簡単じゃないし、スタートの合図もなければ、ゴールもない。

 

だから行動した人を目の前で見ると、すっごく感動するし、また期待してしまう。

 

便利と危険が笑ってる。

 

ザ•クロマニヨンズが"B&K"と言う歌にしてくれた。

その通りだ。

 

便利な世の中に甘えるんじゃなく、行動することを続ける。

 

まずはやってみる。

 

まずはやってみないと何も進まない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の話を聞けー

あぁーー…

 

何ですか。この違和感。

 

f:id:oyasuminta:20170630222126j:image

 

いや、違うでしょ…

 

前も後も…そして今も大事だと思うんです。

 

印象もあるかも知れないけど、印象じゃない。

 

私はわたしです。

 

何?売れた後が大事って

 

 

自分も客もナメるなよ。

限界なんてないさ。

嘘をつかないように。自分に。

 

頑張ってるという言い訳でまとめない。

もっと頑張れますから。

 

ジムでの「R30」という、音楽に合わせながら負荷を調整してバイクをこぐいうプログラムで、インストラクターの先生の声がやけに響いた。

 

「自分に限界決めないで」

「前進前進!山しか見えません!(室内で景色などはないが…そこは想像力を最大限に)」

「もっといける!もっともっと!まだまだ(負荷をもっとかけろという意味)」

「周りの人、気にする余裕あるんやったらもっと重くして!(またまた負荷をかけろという意味)」

「安心しないで!終わりじゃない!」

「リズムに乗って!スピードよりもテンポテンポ!」

「下向かない!前向いて!顎あげて!」

「眉間にシワよってる!アカンあかん!笑顔で!」

 

そのインストラクターの先生は、音楽に合わせるとタメ口で背中を押してくれ、音楽と音楽の間の休憩タイム(30秒ぐらい)には丁寧な敬語で水分補給を促してくれる優しい先生だ。

 

 

そんな先生からの言葉が響きまくる自分。

またまた自分を甘やかしていたことに気づく。

 

 

すいませんでした。

 

また頑張り出します。

競馬で学ぶ。

先日競馬に行きました。

今回で2回目です。

 

1回目は600円で2,400円ぐらい勝ち、この調子で3倍になるんだったら一瞬でこの世の何でも買えちゃうなっ!と絶好調に調子に乗っていました。

 

そして2回目、2,000円負けました。

 

ううう〜〜ん。。。違う違う!

2,000円負けたのではなく、2,000円で5時間も遊ぶことができました。 (負けたんじゃない。遊ばせてもらったんだ)

しかも、すごい集中力と頭をフル回転に使い続けて。

 

まだまだ競馬初心者ですが、私が競馬をする時は

•今までの成績

•馬と騎手の調子

•前回は何回りで走ったのか(右回り,左回り)

•芝なのか土なのか

などと、レースの度に考えることだらけなのです。

 

私は直感や馬の顔や名前で選んだりできるタイプではないので、頭の中で考えることが多すぎて、前回同様、かなりカロリー消費した1日となりました。

 

競馬の知識が全くないということで、じっくり競馬を楽しめるよう指定席をとってくれたのですが、行ってみてビックリ…

 

ここは図書館なのでは⁉︎と思いました。

f:id:oyasuminta:20170530145450j:image

鉛筆一本と新聞片手に頭フル回転。

 

周りのテーブルを覗くと、お菓子を広げながらPC画面を真剣に見つめる人や、お弁当片手に新聞を一生懸命読んでいる人など…さまざまでした。

 

そこでわかったのは、やはり図書館じゃない!

大人になると持ち込みOKなんですね。笑

 

 

 

 

ぽっちゃり日記

ジムに通ってもうすぐ3年目に突入する。

3年前に通いだした目的はただ一つ!

そう、“ダイエット”である。

 

今でもよくある『今ならまだ間に合うダイエット!入会金無料キャンペーン中!!』みたいな時期に、お腹をくくって入会し、今でも継続して通っている。

 

結論から言おう。

“ジムに通っても痩せません”

 

正確に言うと…

“ジムに通うのは体型維持のため”

 

つまり、痩せている人は痩せたままで、ぽっちゃりはぽっっちゃりのまま。

もちろん自分の頑張りによっては痩せる時期もあるが、それは1年間のうちの数日だけで、また入会時の体重に戻ってしまうというサイクルの繰り返しである。

 

では、ぽっちゃりがそれでもジムに通い続ける意味とは何か?

その答えは「取り返しのつかない体型にならない為」だ。

 

ジムに行って運動すると、まあ最低でも200g〜800gは減量する。

その減り方はその日のやる気と、食事制限加減によるのだが、間違いなくジムに行って体重が増えることはない。

私がこの2年間急激な体重増減がない理由がそこだ。

 

これは私の見解だが…ぽっちゃりな人で少食の人って、ほとんどいないと思う。

私の場合、暴飲暴食するのは1週間に最高2回までと決めているため、暴飲暴食をしてしまってもジムに行くことと暴飲暴食の次の日に食事量を抑えることで何とか現状維持している。

こう書くとまるでジムと食事制限で体重維持してるみたいだが、実は3年前のジムに通ってなかった以前から、ぽっちゃり歴15年だ。ん〜、ぽっちゃり歴20年と言ってもいいかもしれない。

 

ただ自分で言うのもなんだが、太っているという域には入ったことがない。

 

私の中での“ぽっちゃり”と“太っている”との境界線は「見た目」である。

服で何とかカバーできる(太って見えない)、着痩せ効果で普通の体型に見えるかどうかである。

 

話をもとに戻そう。

 

ジムに通うと痩せはしないが、体重は維持できる。

 

この答えがわかってしまった今、ぽっちゃり歴を更新しない為にも、違うダイエット方法を考えないといけないわけだ!

 

このblogでダイエット宣言をしてから1ヶ月半…。

全く痩せていない。

 

今年こそは!ぽっちゃり卒業を目指して‼︎

 

 

 

 

 

 

小ちゃな考え方…反省。

なんか合わないな…とか。

この人とは友達になれないな…とか。

なんか違うな…とか。

 

初めて出会う人のことを勝手に自分で評価していたなぁと。

自分も評価されているにもかかわらず。

 

ただ、そんな評価があんまりにもチッポケだったなぁと今日の出会いを通して感じました。

 

お父さんだけを見て、ん〜〜どうやろ?この人…と感じたのですが…

 

 

その息子さん12歳!を見てビックリ‼︎

素晴らしすぎたのです☆

それはご両親の育て方が良いと物語っていました。本当に。

 

 

その子を産んで育ててくれたから、その子に出会えたんです。

私がどうなんやろ…と感じてしまった(今日はお父さんだけいらしたのですが)両親が育てた子どもが最高!

 

勝手に人の事を評価してしまった自分に反省です。

 

 

舞台やお芝居を観ても感じることですが、否定的な感想を言う前に何が素晴らしかったのかとか、初めて気づいた視点などについて語り合いたいものですね。

 

まだまだ小ちゃな自分に反省です。

 

勉強になりましたm(_ _)m